連載Vol.1 アリセプト開発者が語る、アルツハイマー根本治療薬の決意 杉本八郎 氏(薬学博士)

連載Vol.1 アリセプト開発者が語る、アルツハイマー根本治療薬の決意 杉本八郎 氏(薬学博士)

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連載Vol.1 アルツハイマー病治療薬「アリセプト」から次の新薬開発へ

杉本八郎(薬学博士)

連載Vol.1 アルツハイマー病治療薬「アリセプト」から次の新薬開発へ

池田アイコン:
杉本先生は成功率0.002%と言われる新薬開発の分野で、2つの新薬を生み出していらっしゃいます。創薬の世界では奇跡的なことだと聞いていますが、現在は3つ目の新薬を開発されているとか。まずは、世界初のアルツハイマー病治療薬「アリセプト」について、そのしくみを簡単に教えていただけますか。
杉本アイコン
アルツハイマー病になるとアセチルコリンという神経伝達物質が減少し、記憶障害を引き起こします。脳内にはアセチルコリンを分解するアセチルコリンエステラーゼという酵素があり、阻害剤でその働きを抑えれば、アセチルコリンが増えて記憶障害が改善するのではないかと考えました。アリセプトの作用機序はアセチルコリンエステラーゼ阻害作用によるものです。別の研究から偶然のシード化合物を発見し、合成展開を実施して約1000化合物を合成しました。その中から脳内によく入り効果の強いものがアリセプトでした。
池田アイコン
アリセプトは偶然の発見から見つかったのですね。
杉本アイコン
アリセプトは脳内のアセチルコリンを増やすことで記憶機能を改善するものですが、アルツハイマー病の原因は脳細胞が死滅することによるものです。しかしアリセプトはその細胞死を止めるものではありません。
そこで私が今、第3の新薬として開発を進めているのがGT863という認知症根本治療薬です。脳は年をとると、脳神経細胞の老廃物であるアミロイドβや、リン酸化タウタンパクが蓄積していき、これがアルツハイマー病を引き起こす大きな要因になっています。幸いにも私はアミロイドβとタウタンパクのいずれも生成を抑制する物質を発見しました。GT863という薬名の「GT」は、私が立ち上げた会社名グリーン・テックから、「863」は名前の八郎から取りました。
池田アイコン
グリーン・テックの八郎さんが創った薬、ということですね。素晴らしいネーミングです!
杉本アイコン
GT863は臨床実験を経て、良い結果が出れば商品化できると期待しています。そうすればより多くの患者さんとその家族を助けることができますから。私は現在76歳ですが、まだ運が残っていれば成功するでしょう(笑)。今まで2つの新薬を創ることができたのも稀なこと。であればこそ3つめの夢を見たいですね。認知症には大きくアルツハイマー型と脳血管型の2つのタイプがあり、脳血管型にはアミロイドβとタウタンパクの生成を抑えても効かないことが考えられます。脳血管型に対しては、また別の薬が必要になるでしょう。
池田アイコン
GT863の特徴はどんなところにあるのでしょう? お話しになれる範囲で教えてください。
杉本アイコン
GT863は基本的にはアルツハイマー病の進行を止めることが最終の狙いです。しかしGT863はウコンなどに含まれるクルクミンの誘導体でもありますので、クルクミンが保有する抗炎症作用や抗酸化作用も合わせもっています。たとえばカレーに使われるウコンはクルクミンを含んでいますので、認知症予防にもいいと言われています。
池田アイコン
先生のご著書に『加齢に勝つにはカレーを食べよう』というのがありました。ウコンのクルクミンに着目されたんですね。これほどまでに超高齢社会になっている日本の現状を考えると、先生のご研究が実を結ぶことを願わずにはいられません。

VOL.2 へ続く >>

杉本 八郎(すぎもと・はちろう)
プロフィール
1942年、東京生まれ。工業高校を卒業後、エーザイ株式会社に入社。勤務の傍ら、中央大学理工学部工業化学科を夜学で卒業。新薬開発の研究室で、高血圧治療薬「デタントール」、そして世界初のアルツハイマー病治療薬「アリセプト」の創薬に成功した。アリセプトは1997年に米国で、1999年に日本で承認・発売。1998年、薬のノーベル賞と言われる英国ガリアン賞特別賞を受賞。1999年に日本薬学会技術賞、化学バイオつくば賞、2002年に恩賜発明賞を受賞。京都大学薬学研究科創薬神経科学講座教授(2003~2010年)。京都大学大学院薬学科最先端創業研究センター教授(2010~2012年)。同志社大学脳科学研究科教授(2012~2016年)、同志社大学生命医科学研究科客員教授(2016年~現在)。日本薬学会理事。有機合成化学協会理事。一般社団法人認知症対策推進研究会代表理事。グリーン・テック株式会社代表取締役。趣味は俳句:日本俳人協会会員、俳誌風土同人会長。剣道教士七段。

「調剤薬局ジャーナル」2018年9月号より転載

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